親がボケた時、どうすればいいか

親のボケとつきあう

1,上手く付き合う方法は、面白がることです。いろんな経験ができていいな、と感じるのです。普段から笑って、笑うことによっていろんな物の見方ができるようになると、自分で自分を助けることができる。

2,迷惑をかけないで生きている人間はいないので、人と関わる。助けてもらう。差し伸べられた手を受け入れる。人は助け助けられで生きてるんだとよくわかる。人に頼らず全部自分で出来るのが自立のように思われるが、実際のところ、助けて下さいと言えるのが本当の自立なので、恥ずかしがらずに助けを求めよう。すぐ適切な助けがなくても諦めない。本当に助けてくれる人が、いるので。子供を育てる時に人の助けを借りるのと同じです。

3,今の時代90代でも達者な方は多い。70代でボケると何か問題があるように感じるかもしれないが、そんなことはない。元気な同年代の年配者と比較しない。また、ボケの症状、進行速度は人それぞれ。子供を他所と比較しないのと同じ。

父はアルツハイマー型認知症の要介護1、母はレビー小体型認知症の要介護5。2人ともボケないよう健康に気をつけて生活してきましたがボケがきました。それでも中々言動が面白いのです。予想の斜め上を行く言動で笑わせてくれます。親をモデルにフィクションを交えて漫画にしました。生きてきたように年を重ねるとは言いますが、ボケですと、自制できなくなったりする面が出てきます。

母は介護でしてほしいこと、してほしくないことをはっきり言ってくれるので助かります。母は介護施設にいます。父はデイサービスを週3日行っています。父は最初行くのを拒否していたのですが、おやつが食べられるというので今は喜んで行っています。体力的に以前のように自転車で出かける機会が減ったので、デイサービスに行くようになったという面もあります。人は変化するのですね。

母は7年前から幻視が出ていて、記憶力の著しい衰えはなかったのですが、今日の日付がわからなくなったりというのがありました。認知症診断テストで、認知症ではないと診察結果が出るぐらいでしたが、トイレに人が入っている、弟が2人いる、私に子供がいるなど妄想、幻視がたくさん出るようになったため専門の病院、横浜市にある、ほうゆう病院で診察を受けました。経過観察でしたが、様子を見ながら薬を少しずつ服用していました。5年前階段から転倒し腰の骨を骨折し入院。その中で介護サービスの申請。骨折したことを忘れてベッドから度々出るので1ヶ月弱の早めの退院になりました。ありがたかったです。入院で寝たきりでボケが進むのをちょっと防げたのです。

それから3年自宅でデイサービス、ショートステイを利用しつつ弟が看てくれました。10回のうち1回は今日はデイサービスに行きたくないと言ったり、寝坊して朝弟がデイサービスの通い所に送っていったりというのがありましたが、母親がデイサービスに行ってくれて、お金はかかりましたが、助かりました。それでも、夜中トイレに何度も起きて連れて行くので睡眠不足になったり、妄想でトイレの用を足した後その場でタオル掛けを握って30分も離さなかったりが続いたので、体力の限界で近所の介護施設に入りました。今はもうあまり歩けませんが、歩けるうちに来て欲しいということで2017年の12月27日に入居しました。母は介護が必要になったら、介護サービス、介護施設の利用を希望していましたのでスムーズでした。ありがたいです。

やりたいことをして楽しく生きる

両親とも70代半ばでボケがきましたので、私たち子供世代は、予防をどうしたらいいのか介護施設の長の方に質問したことがあります。そうしたら、「そんなに心配しないでやりたいことをして楽しく生きたほうがいいですよ」と言われ、ずいぶん気がラクになりました。ボケないよう研究していたお医者さんですらボケたのですから、と教えてもらいました。ボケても大丈夫な社会にしていきましょう、と言われ前向きになれました。

母の住んでいる介護施設は認知症専門の介護がされていて、寝たきりにしないようベッドからテーブルへ毎日移動してもらい、職員の方が入居者に声かけをするようにしています。時々、入居者の家族と共にお花見や、外へ食事に出かけることをします。下の写真は横浜ランドマークタワーにある横浜ロイヤルパークホテルのレストラン「バンケットフローラ」での食事風景です。上の写真はホテルのロビーの美しい生け花です。

パンにバター。パンもおいしい。

魚のマリネを豆乳スープのようなものに浮かべている。オリーブオイルも、たらして中々おいしい。

鶏肉にホワイトソースがかけてあり、トマトソースと共に味わう一皿。おいしい。家でも再現して作ってみよう。

バス旅行の時のバッグの中身。大雨の日でしたので、合皮のバッグに。ホテルでの食事でしたので、あまりにもカジュアルというか、スポーティな鞄はNGなので、何を持って行くか、ちょっと迷いました。普段、ジーンズなので、手持ちのバッグが、カジュアルなバッグが多いことに気づきました。普段使いできる礼装用のバッグは布製なので、雨の時は使いづらい。

皮か、合皮でホテルでの食事に持って行けるようなバッグは一つくらいは必要ですね。ウェットティッシュ、ティッシュ、ゴミ入れ用ビニール袋は必須です。あと、父用にのど飴とラムネを用意。バスの中でのど飴は、父に大好評でした。

こどもの時はどうでしたか

ボケですと20年前のことは忘れていることが多いのと、つい今しがたのことも忘れるので会話を続けるのがたいへんになります。そのため、こどもの時はどうでしたか?と聞くのです。10代、20代、30代の時のことはけっこう覚えているので話が続きます。感じることと、自尊心は最後まで残るのでそういうところを心に留めつつ接しています。それで厳しく注意したり、怒ったりというのはしないようにしています。一緒に会話すること、良く笑うこと、ハグすることを心掛けています。

地域包括支援センター

親との接し方で困った時は市民センターなどにある地域包括支援センターに話してみることをおすすめします。経験と情報、知識の蓄積があるので解決に至らなくても話して気持ちを落ち着かせることができます。うちは主介護者が弟ですが、私も弟が具合悪い時には相談にのってもらったことがあります。

他にも認知症の相談窓口の電話が県のHPに載せられていますのでそういうところに相談してアドバイスを受けたり、話を聞いてもらって気持ちを和らげるという方法もあります。本、インターネットで調べてもわからないことがあるので、随分助けられました。

介護のサイトで相談に答えてもらったり、かって介護した方がボランティアで介護の悩みを聞いて下さったり、親が通院していた病院の認知症講座や、介護中の家族の会で話を聞いてもらったりと、いろいろなところで助けられました。かっての親を知っている友人にも話しを聞いてもらいました。おかげでさまで、落ち着いて対処できるようになってきました。

近所の方に話しておく

やはり不可解な行動をして周りを困惑させてしまうので、両隣、同じ並びの家の方々には親の状態を伝えました。理解を示していただき、ありがたかったです。ボケに対する理解が進んできているいい時代だと思います。不可解な行動、母の場合は、自宅なのに、「自分の家に帰るので車に乗せてほしい」と隣の家の方に言ったことがありました。母としては出身の九州の家が、自分の家なのでしょう。当時はショックと切なさで、辛かったです。父は隣家の敷地に何か気になることがあるらしく、入って出ようとしないので、警察が呼ばれて事情聴取を受けました。父の場合は、特に前もって近所の方に知らせていたので、良かったと思います。

ユマニチュード

親の体に触れる時、着替えの時、まず一声かける。視野が狭くなっているので、正面から声をかける。私はまだよくできなくて、母をびっくりさせてしまうことがある。

親のヘアカットの時のバッグの中身

母の髪のカットを1,2ヶ月に1回している。介護施設で、食後休憩の後にすることが多いかな。カットした髪を入れるゴミ袋、掃除のための、ガムテープは必須。チャンピオンのトートバッグは、軽くて、外ポケットがあって、たくさん入るので重宝している。あまりバッグの2コ持ちをしないよう、ちょっと大きめのバッグにしているが、大きくなると荷物が増えがちだし、いつも大きなバッグを持つ習慣になってもしんどいので、これからもバッグの中もバッグ自体も軽量化を目指します。

無印のパスケース。丈夫で、比較的お手頃、しかも汚れが目立ちにくいのが良いです。

パスケースの裏面。バス、電車の時刻表が入ります。

カットの道具。

電車に乗ると、トートも、リュックも、ボストンも人にぶつからないよう前に抱えつつ、座席にの方にもぶつからないようにと注意する必要があります。そうするとリュックは手荷物があるときは使いづらくなります。バッグに使い方、何処に、どんな手段で移動するかによって変わるので、けっこう頭を使います。バッグの世界は奥が深いです。バッグは、たくさん使ってこそですし。

 

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